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旧甲子園ホテル 1970

2017年 06月 01日
他の方のブログを思い着きで見て歩いていると、思わぬ画像に出会う事があります。 今朝は下の方のページで見覚えのある建物の写真を見つけ、これを書かずにはおれなくなりました。

撮影当時、私は西宮北口に住んでいて、この甲子園ホテルは徒歩で30分位の少し離れた場所です。 しかし、何かの理由で近くに行った事があったのでしょうか。 この妙な尖塔を有した謎の建物の存在に気付いてから、少し気になっていました。 そしてある日、カラーリバーサルを入れたPEN-FTを持って、撮影に出かけたのです。



スキャンした写真のコマを見ると、その前に武庫川の橋梁工事を撮影した数コマがあります。 工事が珍しくて撮影した様ですが、この写真の橋桁の形、工事の時期からすると、山陽新幹線の武庫川橋梁の様です。 山陽新幹線の大阪-岡山間の開通は1972年で撮影時期が符合し、背景の高圧鉄塔の配置も現在と同じ様です。ここより下流の武庫川にかかる橋で他に該当する橋が見つけられません。 ただ、これが新幹線とすると、その後の甲子園ホテルまで歩くにしては距離が有り過ぎ、自転車で移動したのかも知れません。

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興味深いのは、手前で河川を渡っているこの工事の為の仮設電柱が木製で、地上から橋上に登る足場も木製組みです。 橋の側面には、現在のビル工事でも見かける金属の枠が並んでいます。 当時の最先端の工事は、金属足場と木製足場の折衷だったのですね。



さて、本題の甲子園ホテル。 どれも退色して良い画像ではありませんが、逆に私の不気味なイメージのままです。 私はこのデザインから、きっと病院の様な施設ではないかと思っていました。 先のページから、遠藤新というライトの弟子の建築家のデザインと、初めて知ったわけです。

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妙なデザインへの好奇心で撮影したまま、なんとなく放っていた画像ですが、何かの役にたつかも知れないのでネットに置いておきましょう。 ただ、建物にもっとアプローチせず、私の撮影が何故この程度で満足したのか、今となっては疑問です。 建物の沿革を調べると、何処にも1965年(昭和40年)に国から武庫川学院(現女子大)が譲り受けたとありますが、この撮影の1970年に譲渡後の修復工事が済んでいたか等が判りません。 現在の様にオープンな雰囲気は無かったのかも知れません。




撮影は Olympus Pen-FT + E.Zuiko 100mm F3.5 , F.Zuiko 38mm F1.8 と思われます。 画像はクリックで拡大表示します。



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by Ataron | 2017-06-01 14:43 | 単なる写真 | Comments(0)

冬ざれの三宮

2017年 01月 13日
友人と元町~三宮をぶらつく。

雲と青空の組み合わさった、奇妙な寒空の下の街。

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最後は三宮高架下のJAVAという老舗のジャズ喫茶に行きました。 昔は、セイデンパーツで買い集めた獲物(電子パーツ等)をここでチェックしては、にんまりしたものです。

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コアーにジャズに浸る店ではありませんが、昭和30年代風の喫茶店のたたずまいは私の好みです。

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オリンパス(ジムラン)がとても控えめで聴きやすい音を出しています。 今日は午後3時半の開店で、訪くなら夕方が安全の様です。


Panasonic DMC-G3 + G 12-60mm F3.5-5.6 で撮影、画像はクリックで拡大表示します。



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by Ataron | 2017-01-13 20:36 | 単なる写真 | Comments(0)

西宮北口 マルコポーロ 1982 

2016年 11月 19日
私が生まれた街は兵庫県の西宮市で、阪急西宮北口駅からそう遠くない場所です。 銀塩フィルムの時代はフイルム代を節約していましたが、それでも自宅と駅の間をスナップした写真が少し出て来ます。 北口駅前から北西に延びる通りを「にしきた商店街」と言うそうですが、私が住んでいた頃はあえてそう呼ぶ事はありませんでした。 駅前の小さな公園も「にしきた公園」とされていますが、ジモティーには「駅前の公園」で通っていました。 子供の頃から大人になるまで親しんだ場所で、この公園を巡っては色々と思い出があります。

この公園の一角にマルコポーロという洒落た喫茶店があり、私は建物が気に入って時々撮影しています。 ネットで調べると写真が見つからず、映像を上げる人は未だ少ない様です。


最初は 1980年頃の撮影で、カラープリントから起こしたものです。

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シャッターを押した時に通りかかった人が入ってます。 少し暗くなった夕刻の写真の様で、他の周りのネガの絵から夏らしいのですが、それ以上は不明です。


「にしきた商店街」の現在のストリートビューは右のリンクで見れます。 StreetView にしきた商店街
下はストリートビューのキャプチャで、青い車が一方通行の商店街に入って行こうとしています。 車の左手のビルの場所にマルコポーロがありました。

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下は 1982年6月に駅前の公園の端から撮影したもので、上のストリートビューとほぼ同じ向きの撮影です。 商店街の道路は当時は一方通行では無く、写真でも車が向い合っています。 マルコポーロ横にも駐車している車があり、今では考えられない事です。

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この商店街にはミモザカメラ店というのがあり、たまに現像を依頼していました。 そして、下は同じ並びにあった小さな小鳥屋さんです。

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子供の時は、ここでジュウシマツや文鳥などを何度も世話になりました。 やさしいお姉さんがずっとこの店を守っていて、増えすぎた文鳥をひきとってくれた事があります。 我が家ではどこか元気が無かった文鳥が、お店をのぞいた時にとても元気そうになっていて、あぁ酷い飼い方をしていたのだと反省したもんです。


現在は商店街の殆どの建物は更新されていますが、ここにはこんな店があったなぁとか思いながら通り過ぎる所です。



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by Ataron | 2016-11-19 13:06 | 単なる写真 | Comments(0)

海と島の博覧会でマツダ757に出会う 1989年 広島

2016年 11月 14日
昔の写真をスキャンしていたら、マツダロータリーのレース仕様車の写真が出て来ました。

場所は職場の旅行で行った広島の「海と島の博覧会」のマツダモータースポーツ館です。 私はカーマニアでもなく、たまたま人から譲り受けたマツダのロータリークーペに乗っていた程度の縁でしたが、たいした滞在時間もない旅行スケジュールの途中で、普通は傍で見る事が出来ないレース仕様車にばったり出会って、思わず撮影したのです。

撮影は 1989年9月ですが、マツダ787Bのルマン優勝の快挙は 1991年です。 従って、下のマツダ757は、マツダが着々と実績を積み上げていた時期の車体と思います。

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私はこの車体に惹きつけられながら、人だかりがなくて意外だったのを覚えています。 写真を良く見ると館内への扉に「熱きル・マン 上映中」の文字。 博覧会のためのプロモ映画ではないかと思われますが、みんな中に観に入ってたのかもしれません。 これがルマン優勝の後だったら、まあこんな事はなかったでしょう。

撮影したカメラは京セラの初代Samuraiで、ハーフサイズです。



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by Ataron | 2016-11-14 01:50 | 単なる写真 | Comments(2)

洲本 久しぶりに訪れる

2016年 05月 21日
友人と連れ立って洲本に行って来ました。 天候は晴れて絶好の行楽日和でしたが、私は初夏風邪をひいていたらしくアップアップ。 それでも素敵な場所、写真を見返して思います。 また行くぞ。

洲本に行くには、舞子駅で電鉄から高速バスに乗換えが一番便利です。 バス路線は種類が多くて複雑ですが「洲本バスセンター」行きを確かめれば、間違いなく辿り着けます。
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洲本に着いたら海岸に出ます。 海に近付くと壊れたモノが多く、海に来たと思う。
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祭日ではないので人の居ない海岸でした。 しばし海岸で飲食をし^^; 日陰で休むと素晴らしい風が吹いていました。 気が済むまで休んでから洲本の街へ出かけました。 商店街は海からすぐ近くです。
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最初にここに来たのは1970年代の半ば、三洋電気の保養所が現場の一泊仕事があり、この商店街の傍の旅館に泊まった記憶があります。 記憶が断片化して怪しいかぎりですが。 それから何度か来ましたが、商店街はシャッターが降りた店が目立ち、以前はこんなじゃなかったのにと思う。

商店街の山側の路を歩いて、風化した看板に出会う。
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友人と一緒にカシャカシャ。 オジサン達はちょっと勘違いしていたのだが、調べると「キリンビール」と言ってたのを「キリンラガービール」に改めたのが1989年からで、この看板は少なくともそれ以降のもの。 潮風で傷みが早くよけいに旧く見えるのかもしれない。 ちなみに、他社ビールの殆どが製法上はラガービールだそうで、キリンはそれを商品名にしてしまったらしい。

その近所の民家の玄関に、ツバメの巣を見つける。 球状のガラスシェードの真上に、冠の様に巣を造ってます。 こういう造り方を見たのは初めてです。
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最初は不在と思って撮ってたら主が顔を出しました。


何か食べようと海岸の方に戻ると、バスターミナルの周辺は、古いレンガ造りを利用した洒落た建物群になっているのに気付きました。 洲本アルチザンスクウェアと称し、旧鐘紡工場を改築したそうです。
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この一角で食事とビール、オジサン達は樹の下でハト達と遊んでいる内に寝てしまったのですが、とても良い所らしいので建物の中に入られることをお勧めします。(入らずに寝るなんて僕らだけか)

そんなこんなで、島に渡ってあっけなく帰って来たのですが、淡路島はとても好きなところです。 若い頃の「夏休みの時間」が、いつもそこにある様な気が、私はするのです。


EOS7D + SIGMA 17-50mm F2.8 、EF70-200mm F4L で撮影、画像はクリックで拡大表示します。






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by Ataron | 2016-05-21 12:52 | 単なる写真 | Comments(0)

甲山から関西学院大学と西宮球場を望む 1968年夏

2016年 04月 18日
まだ高校生の頃、自宅の2階や近所の生協マーケットの屋上から望遠撮影をしている内に、もっと高い所から撮影しようと思い着いたに違いありません。 ある夏の休日に、私は友人を誘って甲山(かぶとやま)の頂上を目指したのです。

甲山は西宮市の人なら皆知っている山です。 高い建物が乱立する現在はいざ知らず、当時は市内のどこからもその山頂が見えました。 Google Earth で見ると、手前の山頂からの眺望の広さが判ります。
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西宮北口から阪急電車に乗り、仁川駅から川沿いに山頂を目指して歩いた様です。 途中の仁川高丸に友人の家があり、その友人も山頂の写真に写っていて、おそらく高丸で合流したと思われます。



初めの方の写真に、関西学院大学の時計塔がさっそく出て来ました。
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撮影位置の高さと午後1時の影の向きから、上の写真は塔の北西、仁川高丸から600mmの撮影に違いありません。 東や北面に時計があり、西側は建物としては背になるので時計が無かった様です。

どの位の時間がかかったのでしょう。 てくてく歩いて念願の山頂に着き、38mm と 600mm での撮影が始まりました。
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標準で見ると、上ヶ原浄水場の丸いプールが目立ちます。 関学の裏がこの浄水場ですから、塔を見つけるのは簡単です。 下は600mmを着け手持ちで撮っています。
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塔の東が芝生広場、そして甲東園に向かうバス道路が続きます。
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手持ちといっても、何かに押し付けてブレない様に撮ったはずです。 Pen-FTのシャッター速度は最高で1/500secですから。
この時の山頂の風景です。
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山頂は単なる空き地の様な所でした。 妙な簡易テントを作って涼んでいる人が居ますが、このテントを見た覚えがありません。 その横の学生も知らない顔で、アマチュア無線の交信に登って来たらしく無線機が見えます。 皆の服装から夏の休日とだけは推測出来、600mmのテストで行ったのは確かで、撮影年度は1968年の様です。

そして、もうひとつの大事な撮影対象が私のホームランドの西宮北口でした。 いつもファインダーの中にあった場所に行って、そこから逆に見ると言うのは面白いにきまってます。 最初の Google Earth の絵にはもう無いですが、西宮球場が大きく写っています。
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上の写真の右側中央に、高い縦長の看板のビルがあります。 下はその切り出しで、写真からは読めませんが看板は「灘神戸生協」です。
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当時は生協マーケットで、この屋上から望遠撮影をしたもんです。 現在は、この看板もビルも無くなり、生協関係の別の建物に変わっています。 西宮北口は震災以降にかなり変わった気がします。



ここまでの撮影は甲山から見下ろす撮影でしたが、関学の時計台やキャンパスはシャッターを押させる所です。 写真を整理していると、親父が私をこの塔の前で撮影した写真が出て来たりして驚きます。 この芝生広場と時計塔は、何か撮りたくさせる魅力があるのでしょう。

およそ半年位の後、1969年の初め頃に訪れた関西学院大学の写真がありました。 この年は、どこの大学もこんな看板が並んでいました。
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時計塔はしかしすっくと立っています。 後ろに私達が登った甲山があります。 先の写真は頂上からこちらを撮っていたのです。

この写真からも判る様に、当時の甲山は禿げ山の印象があったのです。 でも、現在の写真はこんもり木に覆われています。 最近の甲山の情報を調べると、木に阻まれて山頂からの撮影が出来ない様です。 40数年も経てば木も茂るか...



Olympus Pen-FT + F.Zuiko 38mm F1.8 、E.Zuiko 100mm F3.5 、600mm望遠鏡 で撮影、画像はクリックで拡大表示します。



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by Ataron | 2016-04-18 23:38 | 単なる写真 | Comments(0)

宝塚ホテル 1971

2016年 04月 08日
時代は1970年~71年の冬の撮影で、それ以上の正確なことは不明です。

Pen-FTで撮影したモノクロネガフイルムをスキャンしていると、洒落た建物の写真が何コマも出て来ました。 気に入って何枚も撮影したらしいが、場所を思い出せません。 背景の山の姿から、六甲山系を北に見たものではないので、宝塚方面かなとうすうす感じていました。

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更にこの建物に近付いて撮影しています。

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建物の一階にロビーか喫茶室の様なものがあり、これまた絵になる車が。

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ここは駐車場の様に見え、昔の写真ではホテル敷地と表通りに分かれてます。 下の写真では学校帰りの小学生が歩いていて、一般道路に面した駐車場だったのかも。

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これらの写真の続きに、下の「宝塚ホテル」の表示のある写真があったのですが、ネットで確認してようやくどれも宝塚ホテルに関係する建物と判りました。

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上の写真は近くの高台から望遠で撮影したらしく、一番最初の写真の左の建物と違って見えます。 多分600mmで撮影した様です。 下は同じ高台からの撮影で、旧い方の建物(本館と呼ばれています)の裏側が写っています。

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裏側から見ると高い煙突や貯水タンクが目立ちますが、地上からは上手く隠れて気付かない配置になっていた様です。
Google Earth を使って調べると、写真の食い違いの理由が判りました。

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高台から写したのは左の本館と右の西館で、最初の写真の左側の建物はロビーショップ等が入った東館の昔の姿、上の画像の一番手前はその後出来た新館だそうです。



ネットで宝塚ホテルを調べると、この洒落た本館の写真が沢山出て来ます。 やはり、この建物は宝塚ホテルの象徴で、誰の目にもその風格を感じさせます。
下は Street View で見る現在の姿です。

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私の写真にも、この画像にも時の流れを見続けて来た同じ2本の樹が写っています。 本館の屋上付近や地階周りは色々と改築されて来た様ですね。 歴史は昭和の始めに遡るらしく、下は近代宝塚歴史紀行所有の昔の姿です。

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画像元はパンフレットらしく、右隅の右から書かれた「ルテホ塚寶」の表記から、戦前のものと思われます。(なぜ戦前の横文字は右から左に書くのか?) この写真にも同じ樹が建物と一緒に写っています。 屋上は露天のテラスだったのですね。 きっと美味しいビールが飲めたでしょう。



最初から7コマは Olympus Pen-FT + F.Zuiko 38mmF1.8 等で撮影、画像はクリックで拡大表示します。



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by Ataron | 2016-04-08 04:05 | 単なる写真 | Comments(0)

過去を探す旅 1974

2016年 03月 29日
過去のフイルム整理に開けくれる毎日。 カラーリバーサルやカラープリントの処理が一段落してほっとしていたが、別の箱を開けるとどっさりとモノクロームのネガが出て来ました。 若い頃は経済的な理由も手伝いモノクロを多く撮影していたのですが、その量は思っていた以上にありました。

ラフな撮影も多くて、ベタ焼きのまま気が乗らないで放置したり、何で撮ったのかすら覚えていないカットも沢山あります。 写真は撮影データが大事だと、入門書に書いてあったもんです。 EXIFの様な便利なものが無い時代、丁寧にメモした人もいたでしょう。 私も一時期は試みましたが、結局は三日ぼうず。 せめてネガ現像の日付くらい書いとけば良いのに、それもしてなかった全くの愚かモノ ^^;



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写真店の袋には「月日」(依頼日や仕上り日)がたいてい記入されてますが、どういう理由か軒並み「年」が記入されてません。 私はネガやプリントを、この写真店の袋ごとに保管していたのが救いですが、「年」を特定するのが大事な作業のひとつになってます。

私はネガを最初にチェックし、スプロケット外側の通し番号を見て、一本分が揃って順番に並んでいるか確認します。 下は通し番号の例で、生フイルムには最初からこの番号が焼き込まれてます。 フイルムメーカーにより、書き込みデザインが違います。
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スキャナーにかける時の表裏、順番を整然とさせ、撮影の時間的な順番をキープし、コマのスキャン漏れを防ぐには、このネガチェックが大事です。 ベタ焼きがあるとチェックの助けになりますが、無くても困りません。

次はネガの装填。 フイルム専用スキャナーがベストですが、経済的理由で EPSONの昔のフラットヘッドを使ってます。 手袋をしてネガを正しい向き順番に、読み取りフォルダーにセットします。
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ネガ両面にブロアーをかけ、スキャナー側も毎回チリをぬぐってから、このフォルダーをセットします。

プリントは 600dpi 、35mmネガやリバーサルは 2400dpi でスキャンしています。 デジタルカメラの1コマのデータ容量を参考にして、スキャンして得られる解像感が妥当と思われる「スキャンdpi」を探した結果です。 もっとdpiを上げられますが、解像感が頭うちとなりスキャン時間が無駄に長くなります。 これは、フイルム画像の画質の限界と、スキャナー自体の限界が関係すると思われます。



さて、今回のネガは24コマ撮りのフイルム。 最初の方のコマに年度の手掛かりがありました。 部屋の様子も、写った玩具の電車にも全く覚えがありません ^^;  どこか友人宅で面白い玩具だから撮ったらしい。(追記を参照ください)
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この左隅の牛乳パック、画像調整すると製造日らしき文字が判ります。(1995年までは製造日、以降は賞味期限等の表示に変ったそうです)
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「49.2.19」らしく、1974年2月頃に撮影した映像というわけです。 袋の日付が3月7日となっていて、間違いなさそうです。

こんな幸運な写り込みや、私の記憶の断片、写った人の服装、等々から撮影時期を調べています。 だいたい7~8割は判明し、不明なものは5年範囲の枠に大別して調査待ちとしてます。 他のフイルムに関連したものが写っていて、それで時期が判る場合もあります。

スキャンした画像を見て行くと、このコマは何と思ったら、
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撮った本人ですから、ちょっと考えて判りました。 これは、車のバックミラーを写したのです。 探偵映画の様な絵を試したかった様です。



フイルムの最後の方に、けったいな店の写真がありました。
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28mmの広角デフォルメを試した1コマらしい。 一体どこの店でしょう?

このスキャナーのドライバーアプリの癖ですが、暗い写真が続くとコマの境目が判断出来ず、コマ飛ばしをしたりします。 実は上のコマの手前の1コマが飛ばされてました。 スキャン後の有効コマ数のチェックも、欠かせない作業になってます。 飛ばされたコマを非自動でスキャンしたのが下です。
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車の中からの撮影で、左端にその前の画像が重なっていて、巻き上げ時にスプロケットが空転した様です。 二重写しと右側の黒いフロント窓枠のせいで、ソフトがこのコマを無視したのです。 しかし、この画像に上の店の情報が沢山ありました。 元画像からその部分を集めたのが下です。
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私の記憶する行動範囲内で、店名の「アクエリアス」「ゆか美容室」「高橋小児科」などを調べても、40年を越える月日の間に無くなってしまった様です。 しかし「スーパーikari」は現存し、Street View で店の位置から周囲を見渡すと、この建物が見つかりました。
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建物全体の形が酷似しています。 手前の電柱の後ろの壁、不規則な石タイルのデザインが全く同じです。 喫茶店はやはり変っていましたが、建物は震災を越え、改装工事も何度か行われたでしょう。 Street View でたまに有りますが、同じ場所で違った日時の映像が重なることがあり、この建物の別像では改装工事中でした。
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右は改装シートに包まれた当ビルで、「こしき珈琲店」の店名が読めます。 遠くの送電線鉄塔は、最初の写真にも、頭が少し写っています。 レンズによりパースが大変異なりますが、形は同じです。 昔の写真に写った瓦屋根の民家は、40年の間にみな建て変ってしまったのですね。

こんな風なことをしていると、本来の写真整理から横道にそれて、過去の世界に入り込んだ様な気がして来ます。 いや、それが楽しくて整理しているとも思えます。 写真は殆ど忘れそうになった頃になってから見ると、何倍も面白くて何倍も意味があるのです。

〔追記〕
路面電車の玩具、側面の「OHYOGIN」の文字から調べると、最初の「O」は何かのマークで「HYOGIN」つまり「兵庫相互銀行」の事と判りました。 これは銀行の路面電車型の貯金箱なんですね。 Yahooオークションにあった写真が下で、「ひょうぎん貯金箱」の文字になっています。
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また下は「九州鉄道記念館戸畑分館(28)2015/09」にあった写真を拝借したもので、「さよなら神戸市電」とあります。 神戸市の路面電車は1971年に全線廃止で、その当時に提供された貯金箱でしょうか。
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モノクローム写真は Pentax SP + SMC Takumar 55mmF1.8 , 28mm F3.5 で撮影、画像はクリックで拡大表示します。




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by Ataron | 2016-03-29 23:04 | 撮影機材/技術 | Comments(0)

緋色の研究 1982~83

2016年 03月 18日
1980年代の前半、私は楽器関係の電子回路の製作に没頭していました。 写真整理をしていたら、その当時のモノクロのネガが出て来ました。
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ギターアンプは元町の高架下で見つけた中古の1960年代のグヤトーン製。 実は中味は電源トランスを除いて、ほぼ別の管球回路とパーツに置き換えてしまっていて、それは今もしっかり現役です。

その左にマルチトラックレコーダー、なんやらエレピと並び、手前に雑然と展開するのがイフェクターの数々です。 イフェクターはギターの音をダイナミックに加工する回路です。 オーディオの高級趣味化やオカルト的傾向が蔓延し始めていた時代、楽器関係の回路は私にピッタリでした。 部品や回路や定数値をハンダ片手に変えながら音の違いを確かめることは、愚かさと無縁の本物の作業という実感がありました。
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試作回路のパターンは、回路図から起こして方眼紙に書く方法を使う様になりました。 専門家からすればど素人ながら、楽しさ100%の世界に毎夜明け暮れたものです。
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こんなコマと並んで、ボーイッシュな女の子の写真がありました。 TRIOの Stage Master というステレオコンポのカタログを撮ったもの。 追っかけ趣味は無かったのですが、雰囲気が気にいって撮ったのでしょう。
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この機種のCMキャラクターは富田靖子が主だった様ですが、上のは違うみたいで一体だれでしょう? ネットに上げておけば誰か教えてくれるかもしれません。 いや、追っかけではないです ^^;

そして、フラフラと遊びに行った関西学院のキャンパスで、こんなショット。
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机が校舎の外に野ざらしになってます。 ネガの仕上がり日からすると今頃の季節らしく、新学期前の入換えだったのでしょうか。
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静かなキャンパス、のんびりしていいですね。 鳥を見つけたらすぐシャッターを押すのは、私の習性らしい。



Pentax SP + SMC Takumar 55mmF1.8 等で撮影、画像はクリックで拡大表示します。



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by Ataron | 2016-03-18 15:50 | 単なる写真 | Comments(0)

札幌~大阪 1968

2016年 03月 13日
1968年の夏、私は始めて一人旅をしました。 行先は北海道の札幌で、関西を朝早く発ち、深夜に青函連絡船で北海道に渡り、午前に札幌到着。 札幌の夏、外にいてもクーラーがかかっている様な気持ちの良い空気を、今でも覚えています。

最初に向ったのは駅の北にある北大構内でした。 市内なのに緑が豊富で、自然のスケールが関西とは違う気がします。 日なたは暑くても、木陰に入ると途端に涼しいのでした。
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北大構内の端まで行った後、駅に戻ってラーメン屋で昼飯、それから札幌駅前通りを南に向って歩き、有名な大通公園に着きました。
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大通りの中央が芝生で、大勢の人達がピクニックの様に座り込んでいました。 こういうの今もそうなのでしょうか?

①憩う人達を撮りながら東端のテレビ塔に近付き、札幌NHKを撮影。
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下はStreet View による今の様子です。 このあたりの芝生はなくなったのか、でもどうやら樹は同じ場所でがんばってる様です。
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②大通公園から札幌駅前通りを駅へ戻りながら、何コマか撮影しました。
写真の右端のメガネの看板、これは富士メガネというチェーン店で現在も健在です。 その左隣、実際は道をへだてていますが「朝日生命」の看板の円いビルが見えます。 これは現在は改築(解体?)工事中です。
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下は現在の Street View です。「朝日生命ビル」は白いシートで覆われています。
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路面電車は無くなり、街の姿も半世紀で大きく変った様です。
先の1968年の写真で、歩道に「プログラマー」の文字のある簡易看板が写っています。 ようやくトランジスター式電卓が世に出た時代に、既にプログラマーを募集していたのでしょうか。 興味深いことです。



私は一人で落ち着かず、その日の内にさっさと帰って来ています。 我ながら全く変な旅です。 大阪駅に着き、余ったフイルムで大阪駅の周囲を撮りました。 写真の時計は5時過ぎに見えますが、夕方にしては人が少なすぎます。 北海道を午後に発ったので、この撮影は早朝でしょう。 阪急百貨店と阪神百貨店、昔も今も同じ場所でふんばってますね。
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Olympus Pen-FT + F.Zuiko 38mmF1.8 で撮影、画像はクリックで拡大表示します。








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by Ataron | 2016-03-13 05:47 | 単なる写真 | Comments(0)